地域NPOのためのD&I実践術:低予算で始める誰もが参加できる共感ワークショップ
はじめに:地域コミュニティにおけるD&I推進の課題と共感ワークショップの可能性
地域活性化を目指すNPOの活動において、多様な背景を持つ人々が協働し、それぞれの意見が尊重されるインクルーシブなコミュニティを築くことは不可欠です。しかし、限られた予算やリソース、あるいは特定の声が大きくなりがちである、あるいは意図せず排除的な雰囲気を作ってしまうといった運営上の課題に直面することも少なくありません。
本稿では、こうした課題を抱える地域NPOのコミュニティマネージャーの皆様へ向けて、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進の強力なツールとなる「共感ベースの参加型ワークショップ」に焦点を当て、その具体的な設計と運営方法、さらには低コストで実践可能なアイデアを提供いたします。共感を育む対話を通じて、誰もが安心して意見を表明し、貢献できるコミュニティの実現を目指しましょう。
D&I推進における共感ワークショップの重要性
D&Iを真に推進するためには、多様な属性の人々を単に集めるだけでなく、それぞれの声が聞かれ、理解され、受け入れられる「インクルーシブな場」を創出することが重要です。共感ワークショップは、このインクルーシブな場を意図的に設計し、参加者間の相互理解と共感を深めるための有効な手段となります。
具体的には、以下の点でその重要性が際立ちます。
- 多様な意見の可視化と統合: 参加者一人ひとりの異なる視点や経験を引き出し、共有することで、より多角的で豊かな視点からの意見形成を促します。
- 心理的安全性の確保: 安心できる対話の場を提供することで、普段は発言しにくいと感じている人々も安心して自身の意見を表明できるようになります。
- 主体的な参加の促進: 一方的な情報提供ではなく、参加者自身が課題解決や未来像の創造に主体的に関わることで、当事者意識とコミットメントを高めます。
- 関係性の構築と信頼の醸成: 対話と協働を通じて、参加者間の個人的な関係性が構築され、コミュニティ全体の信頼関係が深まります。
低予算で始める共感ワークショップ設計の基本ステップ
限られたリソースの中で効果的なワークショップを企画・運営するためには、以下の基本ステップを踏むことが推奨されます。
1. 目的とターゲットの明確化
- 何のためにワークショップを行うのか: 参加者間の共感を深めたいのか、特定の課題に対する多様な意見を集めたいのか、未来のビジョンを共に描きたいのかなど、具体的な目的を明確にします。
- 誰を対象とするのか: 参加者の年齢層、背景、課題意識などを想定し、ワークショップの内容や表現方法を調整します。例えば、多世代交流を目指すのであれば、専門用語を避け、誰もが理解できる言葉を選ぶ配慮が必要です。
2. 安心・安全な場の設計
心理的安全性が確保された環境こそが、共感を育む土台となります。
- グラウンドルール(行動規範)の設定: ワークショップ開始時に、参加者全員で「相手の意見を否定しない」「傾聴する」「一人ひとりの発言時間を尊重する」といった基本的なルールを確認・共有します。これにより、参加者は安心して発言できると認識できます。
- ファシリテーターの中立性と傾聴姿勢: ファシリテーターは、特定の意見に加担せず、全ての参加者の発言に耳を傾ける姿勢を徹底します。参加者同士の意見交換が活発になるよう促しつつも、対立が生じた際には感情的にならず、共通のニーズを探る問いかけをすることが重要です。
- 多様な発言機会の創出: 一部の声が大きくなりすぎないよう、少人数グループでの意見交換、付箋やカードを用いた匿名での意見提出、指名制ではないが全員に一度は発言を促す「チェックイン」「チェックアウト」などの手法を取り入れます。
3. プログラム構成とツールの選定(低コストの視点から)
プログラムは、導入、本題、まとめの三部構成を基本とします。特に低予算で実施する場合は、身近なツールを最大限に活用します。
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導入(アイスブレイク、チェックイン):
- 目的: 場の緊張を和らげ、参加者同士の距離を縮め、心理的安全性を高めます。
- アイデア:
- 「他己紹介」:ペアになり相手を紹介し合うことで、短い時間で多くの人と関わる機会を作ります。
- 「一言チェックイン」:今日の気分やワークショップへの期待を一言ずつ語ってもらいます。
- 「共通点探しゲーム」:少人数グループで自分たちに共通するユニークな点をいくつか探し発表してもらいます。
- 低コストのヒント: 特別な準備は不要です。名札は手書きでも十分です。
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本題(対話、共創):
- 目的: 設定した目的に沿って、深く意見交換し、アイデアを創出します。
- アイデア:
- ワールドカフェ簡易版: 少人数グループ(3〜4人)でテーマに沿って対話し、グループメンバーをシャッフルしながら複数のテーマについて語り合います。各テーブルに「ホスト」を残し、対話の概要を次のメンバーに伝達します。
- ストーリーテリング: 参加者それぞれの経験に基づいた物語を語り合うことで、感情的な共感を深めます。例として、「地域で感じた喜びや課題の体験談」などを共有します。
- アイデア発散・収束: 付箋や模造紙を使い、アイデアを書き出し、分類・整理します。
- ビジョンコラージュ/ドローイング: 模造紙と雑誌の切り抜き、色鉛筆などを用いて、未来のビジョンを視覚的に表現します。言葉だけでは伝わりにくい感覚やイメージを共有できます。
- 低コストのヒント: 模造紙、付箋、ペン、色鉛筆、使い古しの雑誌、新聞紙など、身近なものを活用します。ホワイトボードがなくても、壁に模造紙を貼ることで代用できます。
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まとめ(アウトプット、チェックアウト):
- 目的: 対話から得られた学びや気づきを共有し、次の行動につなげます。
- アイデア:
- 「気づきの共有」:ワークショップを通じて得た最も印象的な気づきや学びを共有します。
- 「アクション宣言」:今日から実践したいこと、コミュニティに貢献したいことを具体的に発表します。
- 「感謝のメッセージ」:参加者同士や運営への感謝を伝え合うことで、ポジティブな感情で締めくくります。
- 低コストのヒント: 共有は口頭や短文のメッセージカードでも十分です。
排除的な運営を避けるためのトラブルシューティング
コミュニティ運営において、意図せず排除的な状況が生まれることは避けたいものです。共感ワークショップを通じて、こうした状況に適切に対処するためのヒントを提示します。
特定の参加者の声が大きすぎる、あるいは発言機会が偏る場合
- ファシリテーターによるバランス調整: 「〇〇さんのご意見も大変参考になりますが、他にも何か異なる視点をお持ちの方はいらっしゃいますでしょうか」といったように、他の参加者へ発言を促します。
- 少人数グループでの導入: 全員が発言しやすいよう、まずは2〜3人の少人数グループで意見を交換し、その後全体で共有する時間を設けます。
- 発言方法の多様化: 口頭での発言だけでなく、付箋に意見を書いてもらう、スマートフォンで匿名アンケートを実施するなど、様々な形式を取り入れることで、発言しやすさのハードルを下げます。
沈黙する参加者への配慮
- 個別的な声かけ: 休憩時間などに「何か気になっていることはありますか」「今日のテーマについて、何か感じたことはありますか」と、参加者の様子を見ながら個別に声をかけます。
- 安心できる問いかけ: 「今日、一番印象に残ったことは何ですか」のように、正解のない、個人の感想を求める質問は、発言しやすい傾向があります。
- 「パス」の選択肢: 無理に発言を強制せず、「パスしても大丈夫です」という選択肢を提示することで、心理的負担を軽減します。
意見対立時の対応
- 共通のニーズの探求: 表面的な意見の対立だけでなく、「なぜそう思うのか」という背景や、その意見の裏にある共通の「ニーズ」や「願望」を探る問いかけをします。
- 「私メッセージ」の奨励: 「あなたは間違っている」といった「あなたメッセージ」ではなく、「私は〇〇だと感じます」という「私メッセージ」での発言を促し、感情的な衝突を避けます。
- 一旦、保留する: すぐに解決が難しいと感じる対立については、「一旦持ち帰り、次回以降で再度検討する」といった選択肢も考慮し、その場の感情的な膠着状態を避けます。
D&I推進を持続させるための工夫
単発のワークショップで終わらせず、D&I推進をコミュニティの文化として根付かせるためには、継続的な取り組みが不可欠です。
- 小さな成功体験の共有と拡大: ワークショップで生まれたアイデアやポジティブな変化を積極的に共有し、参加者のモチベーションを高めます。
- 既存の活動への組み込み: 既存の定例会やイベントの中に、共感対話の要素を少しずつ組み込むことで、D&I推進を特別な活動ではなく日常の一部とします。
- 振り返りを通じた学習: ワークショップ後には、参加者や運営メンバーで「何がうまくいったか」「改善点は何か」を振り返り、次回の活動に活かします。
まとめ:共感で繋がるインクルーシブなコミュニティへ
地域NPOにおけるD&I推進は、一朝一夕に達成されるものではありません。しかし、限られたリソースの中でも、共感ベースの参加型ワークショップを導入することで、多様な人々が安心して関わり、それぞれの声が響き合うインクルーシブなコミュニティを育むことが可能です。
本稿でご紹介したステップやアイデアが、皆様のコミュニティ運営において、具体的な一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。共感を育む対話の力を信じ、誰もが「自分ごと」として関われる、温かく開かれた地域社会を共に築いていきましょう。