対立を包み込む共感対話:地域コミュニティのD&I推進における摩擦解消と合意形成のヒント
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地域コミュニティやNPOの運営において、多様な背景を持つ人々が集まる場では、意見の対立や小さな摩擦が生じることは避けられない側面です。しかし、これらの対立を単なる障害と捉えるのではなく、コミュニティをより強く、より包括的なものへと成長させる機会として捉え、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の視点から解決へと導くことが可能です。
本記事では、コミュニティ内で発生する摩擦を共感ベースの対話によって解消し、誰もが安心して発言できる合意形成を促進するための具体的なヒントと実践ステップをご紹介します。限られたリソースの中で、D&Iを推進し、持続可能なコミュニティを築きたいと考えるコミュニティマネージャーの皆様の一助となれば幸いです。
コミュニティにおける対立とD&Iの課題
多様な意見が集まる場では、時に異なる価値観や視点から意見の衝突が起こります。特定の声がコミュニティ全体を支配したり、あるいは一部の意見が無視されることで、無意識のうちに排除的な状況を生み出してしまうことがあります。このような状況は、コミュニティの活力を削ぎ、参加意欲の低下や、最悪の場合にはコミュニティの崩壊にも繋がりかねません。
D&I推進の真の目的は、単に多様な人々を集めることだけではなく、それぞれの違いを尊重し、誰もが安心して貢献できる「包摂された状態」を創り出すことにあります。この包摂性を阻害する要因の一つが、未解決の対立や摩擦であり、これらに共感的に向き合うことがD&I推進の重要な一歩となります。
共感ベースの対話が摩擦解消に貢献する理由
共感ベースの対話とは、相手の意見や感情、その背景にある意図を深く理解しようと努めるコミュニケーション手法です。対立が生じた際、人はとかく自分の主張を優先しがちですが、共感の視点を取り入れることで、以下のような効果が期待できます。
- 問題の多角的理解: 表面的な意見の衝突だけでなく、その根底にあるニーズや価値観に焦点を当てることで、問題の本質を多角的に捉えることができます。
- 心理的安全性の向上: 自分の意見が聞いてもらえ、理解しようと努めてもらえていると感じることで、参加者は安心して本音を語れるようになります。
- 信頼関係の構築: 相互理解が深まることで、参加者間の信頼関係が強化され、今後の協働に向けた基盤が築かれます。
- 創造的な解決策の発見: 対立する意見の背後にある共通の目的や価値観を見出すことで、どちらか一方の意見に固執するのではなく、新たな解決策や妥協点を見出す道が開かれます。
共感ベースの対話による摩擦解消の具体的なステップ
小規模なコミュニティや限られたリソースのNPOにおいても実践可能な、共感ベースの対話による摩擦解消の具体的なステップをご紹介します。
ステップ1: 安心できる「場」の準備とルール設定
対話に入る前に、参加者が安心して意見を表明できる環境を整えることが重要です。
- 心理的安全性の確保: まず、対話の目的を明確にし、誰もが尊重される場であること、異なる意見も歓迎されることを明示します。
- グランドルール(行動規範)の設定: 「相手の意見を最後まで聞く」「否定せずに受け止める」「I(私)メッセージで話す」など、シンプルなルールを参加者と共に設定し、共有します。
ステップ2: 傾聴と感情の理解
意見の対立が生じた際、まずは相手の意見を徹底的に聞くことに集中します。
- アクティブリスニングの実践: 相手の発言を遮らず、頷きや相槌を打ちながら注意深く耳を傾けます。話が終わった後、「〜ということでしょうか」と、相手の言葉を自分の言葉で要約して確認することで、理解を深めます。
- 感情のラベリング: 相手の感情に寄り添い、「〜ということに、少し不安を感じていらっしゃるのですね」「〜という状況に、もしかしたら不公平さを感じていらっしゃるのかもしれませんね」のように、感情を言葉にして確認することで、相手は理解されていると感じ、落ち着いて話を進めることができます。
ステップ3: 違いを受け入れ、共通点を探す問いかけ
互いの意見の違いを認識しつつ、その背景にある共通の目的や価値観を見つけ出す質問を投げかけます。
- 「なぜそう思うのか」ではなく「どうすればより良くなるか」に焦点を当てる: 過去の経緯や個人的な感情に深入りしすぎず、未来志向で解決策を模索する質問をします。「この状況で、私たちが共通して達成したいことは何でしょうか」「この意見の根底にある、私たちが大切にしているものは何でしょうか」といった問いかけが有効です。
- 「私たちが望む理想の状態は何か」を明確にする: 意見の相違点ばかりに注目するのではなく、全員が「こうなってほしい」と願う共通のビジョンや目標を言語化します。
ステップ4: 「I(私)メッセージ」の活用
対立する相手を非難する「You(あなた)メッセージ」ではなく、自分の感情や考え、行動がもたらす影響を伝える「I(私)メッセージ」を使用することで、相手は防御的にならず、耳を傾けやすくなります。
- 「私メッセージ」の構成: 「私は(特定の状況において)〜と感じます。なぜなら(その理由)です。そして、私にとって(それがもたらす影響)です。」
- 例:「(特定の行動によって)私は、意見が十分に考慮されていないと感じ、少し孤立感を持っています。なぜなら、これまでの経験から、私の声が小さく扱われることがあったためです。このため、コミュニティへの積極的な参加をためらってしまうことがあります。」
ステップ5: 合意形成に向けたファシリテーション
- 小さな合意の積み重ね: 全ての意見を一度に解決しようとせず、まずは全員が「これなら同意できる」と感じる小さな共通点や次の一歩を見つけ、合意を形成していきます。
- 複数の選択肢の提示と評価: 複数の解決策をリストアップし、それぞれのメリット・デメリットを客観的に評価します。全員が納得できる最適な選択肢を模索します。
- コンセンサス(合意)の確認: 最終的な決定に至る前に、全員がその決定に「異議なし」あるいは「最大限に支持する」という状態であることを確認します。
小規模コミュニティでの応用事例と低コストで実践できるヒント
限られた予算と人員のNPOや地域コミュニティでも、D&I推進のための共感対話は実践可能です。
事例1: NPOの定例会での意見対立解消
ある地域活性化NPOの定例会で、新しいイベント企画について世代間の意見対立が生じました。若手はSNSを活用したデジタルプロモーションを主張しましたが、ベテラン層は地域住民との直接的な交流を重視していました。
- 実践: ファシリテーターは、双方の意見を丁寧に聞き、それぞれの主張の背景にある「地域を盛り上げたい」「参加者に喜んでほしい」という共通の想いを言語化しました。そして、「どのような形式であれば、より多くの世代がイベントに興味を持ち、参加したいと感じるか」という問いかけを通じて、オンラインでの情報発信と、対面での地域説明会や参加型ワークショップを組み合わせるハイブリッド形式での開催案が生まれ、合意に至りました。
事例2: 地域清掃活動での参加意欲向上
これまで参加者が固定化し、一部の住民が主体となることで、他の住民が参加しにくい雰囲気となっていた地域清掃活動。
- 実践: まず、参加者が少ない理由について、既存の参加者と潜在的な参加者双方からヒアリングを実施しました。その結果、「決まった時間に参加できない」「体力に自信がない」「活動内容が重労働そう」といった声が挙がりました。そこで、従来の「一斉清掃」に加え、「各自で好きな時間に、無理のない範囲でごみ拾いをして報告する」という自由参加型のオプションを導入。さらに、小さな子供でも参加できる「落ち葉アート」などの企画も盛り込むことで、多様な住民が気軽に参加できる環境を整え、活動への参加者を大幅に増やしました。
低コストで実践できるヒント
- 既存の会議やイベントに「対話の時間」を設ける: 特別なワークショップを企画する費用がない場合でも、既存の会議や活動の終わりに、振り返りや意見交換の時間を5〜10分設けるだけでも効果があります。
- オープンな対話スペースの設置: カフェや地域の公民館の一角を借りて、定期的に「おしゃべりカフェ」や「意見交換会」を少人数で開催します。
- ファシリテーターの育成: 専門の研修は高額かもしれませんが、D&I関連の無料オンラインセミナーや書籍を活用し、コミュニティ内でファシリテーションスキルを持つ人材を育成します。
- シンプルなツール活用: 付箋やホワイトボード、模造紙など、安価な文房具を活用したワークショップは、多様な意見を可視化し、共有する上で非常に有効です。
トラブルシューティングのヒント
- 特定の声が大きくなりすぎた場合:
- ファシリテーターが明確に介入し、「他の皆さんの意見も聞かせていただけますか」と発言機会の均等化を促します。
- タイムキーパーを設け、一人あたりの発言時間を区切るルールを導入します。
- 発言が活発な方には、他の参加者の意見を引き出す質問役をお願いするなどの役割を与えることも有効です。
- 感情的になってしまった参加者がいる場合:
- まずは共感的に相手の感情を受け止め、「〜ということに、大変お心を痛めていらっしゃるのですね」と寄り添います。
- 一時的に休憩を提案し、冷静になる時間を与えます。
- 一度、対話の目的を再確認し、感情的な発言ではなく「何を目指したいのか」に焦点を戻すよう促します。
- 対話が停滞してしまった場合:
- 一度、現状までの議論を要約し、共通理解を再確認します。
- 「もし〇〇という状況だったらどうでしょうか」「全く違う視点から見ると、どのように考えられますか」といった問いかけで、新たな視点を導入します。
- 意見の相違点だけでなく、参加者全員が共有している「価値観」や「目標」を再確認し、原点に立ち返ることも有効です。
まとめ
地域コミュニティやNPOにおいて、D&I推進は単なるスローガンではなく、日々の運営における具体的な実践が求められます。意見の対立や摩擦は避けられないものですが、共感ベースの対話を活用することで、これらを乗り越え、より深い相互理解と強い絆を生み出すことが可能です。
本記事でご紹介したステップやヒントが、皆様のコミュニティ運営において、誰もが安心して居場所を感じ、その多様な声が尊重されるD&Iの実現に向けた一助となることを願っております。共感を基盤とした対話を通じて、共に豊かで持続可能なコミュニティを築いていきましょう。